2013年10月17日木曜日

県原子力安全対策課申し入れ

県の原子力安全対策課に申し入れを行いました。柏崎刈羽原発の条件付き安全審査承認を撤回するように求めました。


 

 
 
20131016
新潟県知事 泉田裕彦様
 
原発からいのちとふるさとを守る県民の会
共同代表 和田 光弘
連絡先 新潟市中央区新光町6-2
TEL025-281-8100 FAX025-281-8101
(公印省略)
 
 
柏崎刈羽原発適合審査「条件付き承認」撤回の申し入れ
 
 
格納容器の設計思想は、どのような条件下でも、核分裂生成物質を閉じ込める完全な障壁を作ることである。「周辺の公衆に放射線障害を与えないこと」という立地審査指針の「安全目標」のもとに1号機の安全審査が行われ、原子力委員会は冷却材喪失事故時の被ばく線量が「全身に対して約0.098rem(0.98ミリシーベルト)である」(昭和52年原子力委員会月報)と評価し、新潟県、柏崎市、刈羽村はこの評価を受け入れ、設置を承認してきた。
しかし、新規制基準において、田中原子力規制委員長は「福島原発事故の現実に合わない」との理由で立地審査指針を採用せず、「最悪の場合でも百テラベクレル以上の放出がないようにということにしてあります」(衆議院原子力調査特別委員会答弁)と事実上「目安線量」を定めていない。すなわち、新規制基準は被ばく防護の重大な転換を意味しており、規制委員会みずからが国民の被ばくを許容するものと言わざるを得ない。
泉田知事は条件付き承認の理由に、「事業者が安全確保に自信が持てず第三者の目を入れたいという状況を放置することは、地元にとって望ましくない」と述べているが、新規制基準が立地条件を変更しているにも関わらず適合審査の承認ができるのか否か疑問を持たざるを得ない。原発設置を受け入れた県の当時の判断の妥当性が問われるべきだ。この検証を抜きにして、放射能の大量を放出するフィルタベントの設置の可否を判断することはできない。
何故なら、「福島原発事故の検証抜きに再稼働の議論はできない」という知事自身の判断と矛盾し、言動と行為が異なる自家撞着に陥るからである。以上の理由から柏崎刈羽原発67号機適合審査条件付き承認の撤回を求め、下記事項を申し入れるとともに文書での回答を求める。
 
 
 
1.適合審査の「条件付き承認」を撤回すること。
 
2.県が試算したベント時の被ばく線量評価(甲状腺等価線量で260ミリシーベルト)の根拠を示すこと。
 
3.広瀬社長は927日の新潟日報インタビューでフィルタベント設置に関して「県の事前了解は得られた」との認識を明らかにしているが、「条件付き承認であり、事前了解ではない」という知事の見解と食い違っている。この点について社長の真意を確認したか。また、確認内容を明らかにすること。
 
4.「避難計画との整合性などについては技術委員会で検討する必要がある」としているが、検討の場に健康被害の当事者である県民の代表を加えること。
 
 


2013年10月2日水曜日

柏崎刈羽原発差止め訴訟第5回口頭弁論

9月12日、柏崎刈羽原発差止め訴訟第5回口頭弁論が、新潟地裁にて開かれ、原告、サポーター約50人が傍聴行動に参加しました。


東電は、77年の1号機設置許可取り消し訴訟から、原発直下にある安田層の堆積年代について13万年ないし12万年前と主張していましたが、規制基準が活断層の年代を12万年から13万年と変更した後、35万年から20万年前にかけて堆積した地層であると主張し始めました。和田光弘弁護士が「被告の主張である安田層の年代を、35万ないし20万年に変更するのか」と求めたのに対し東電は「書面にて答える」とし、その場での回答を避けました。安田層の年代は、今後裁判で大きな争点の一つとなります。

意見陳述では、福島から大賀あや子さん、柏崎から矢代和克さんが代表して陳述しました。大賀さん福島第一原発から4.5キロのアパートに住んでおり、町内の7・5キロ地点に新築した自宅への入居準備をしている時に原発事故に遭いました。「百万人に一人の小児甲状腺ガンが、県の調査で40例以上報告されている。子どもは大人より被ばくによる健康影響を受けやすいのに、十分な予防ができないことを地域の大人の一人として申し訳なく思う」と声を詰まらせながら訴えました。
 矢代さんは柏崎刈羽原発から約6キロの所で生活をしています。「原発事故を想定した避難訓練が実施され、400人が参加したが、大渋滞で高速の入口にもたどり着かなかった。5キロ圏内では2万人の避難が必要だ。防災訓練は絵に描いた餅であり、原発を止めることが最善の安全策だ」と訴えました。次回口頭弁論は12月16日になります。