2011年10月24日月曜日

10・21国際反戦デー&脱原発1000万アクション

 今から45年前、ベトナムの北爆に反対をして10・21国際反戦デーが始まりました。新潟でも毎年10月21日にデモ行進を行っています。今年は3・11を受け、国際反戦デーと脱原発をあわせて集会を開催しました。


連帯のあいさつに福島第1原発被害者の会の方があいさつをしてくれました。そのほか、原発反対地元3団体の高橋市議、新潟YWCAの横山さん、日本YWCAの西原さんが連帯のあいさつをしてくれました。

当日は、300名近い人たちが参加しました。県平和センターの主催で新潟市のデモは久しぶりな気がします。

10月19日脱原発1000万アクション新潟市民の会結成

10月19日、脱原発1000万アクション新潟市民の会の結成総会が開催され、約120名が参加しました。

           
 新潟市民の会の代表は、新潟地区労会議の議長でもある山田寿さんが就任しました。当日呼びかけ団体は、I女性会議、緑・にいがた、新社会党、社民党新潟支部、新潟YWCA、脱原発を考える新潟市民フォーラムが参加しました。そのほか、新潟市原水禁が呼びかけ団体に入っています。

新潟国際情報大学の佐々木寛さんから「原発と民主主義」という演題で講演をしてもらいました。佐々木さんは原発を取り巻く構造そのものが非民主的であると強調しました。

2011年10月17日月曜日

核燃輸送抗議行動

10月17日、核燃料輸送抗議行動を刈羽村で行いました。来年1月に定期点検に入ろうとする5号機用の核燃料輸送だそうです。国のずさんな「ストレステスト」すら終了していないにも関わらず、すでに動かすことを前提として核燃料を輸送する行為に、現地は大変な怒りでした。

最近は原発のゲート前での抗議でしたが、今回は久しぶりにデモ行進をしました。月曜の朝10時でしたが、約150名が参加しました。20数年にも及ぶ核燃輸送抗議行動は、今では全国的に珍しいと聞いています。柏崎刈羽現地の長年の運動に敬意を表します。今回はドイツからテレビの取材が来ました。中越沖地震でも海外メディアが殺到したので、海外、特にヨーロッパの関心の高さがうかがえます。





10月16日ミレフェスティバルで脱原発署名

10月16日、日朝友好文化の集い「ミレフェスティバル」(ミレはハングルで未来)が朝鮮学校で開催され、署名活動をさせていただきました。現在新潟の朝鮮学校に福島の子ども15名、先生9名が「疎開」しています。私たちは、原発だけでなく、人権という幅の広い観点から運動をしているのですが、原発事故によりそれが一つの線上としてはっきり浮かびあがりました。

今回、さようなら原発1000万風船を初めて使いました。風船は子どもたちが大喜びしてくれたので良かったのですが、署名を1筆あたりとるコストが・・・はっきり言ってティッシュの方が安いかもしれません。でも、フェスティバルで脱原発1000万アクションが風船を通じて広がってくれたことを考えれば、宣伝費としてこんなもんかなと自分で自分を納得させています。ちなみに署名は85筆集まりました。

2011年10月12日水曜日

糸魚川で第3回街頭署名

県内各地で街頭署名が続いています。学習会、戸別訪問も残在進行形で計画が進んでいます。


10月1日にも「さようなら原発いといがわ市民の会」として3回目の街頭署名を行いました。新メンバーを迎えつつ、今月末から月1以上の学習会を通じた呼びかけに切り替えるとともに、目標達成に向けて署名の一次集約を進めています。

2011年10月3日月曜日

ちょっといい話

先日、新潟市のある国際交流パーティに参加をしました。50名くらいが参加をしたでしょうか、大変大盛況でした。普通ならパティーが楽しかった、それで終了なのですが、そこに20代のある女性が原発1000万署名を求めました。正直びっくりしました。本来であれば、事務局の私がそれをやらなければならないのですが。それとは関係なく運動をしている人がいたので驚きました。詳しいお話をそんなに聞けなかったのですが、ネットで署名を知ったそうです。英語版の署名も持っており、新潟在住の外国人からも署名を集めていました。

私は家族親戚はもちろん、友人、知人に基本的に署名をお願いするのですが、その時は結構気を使ってやります。ときに嫌な顔をされたり、強制と感じる人がいるので、なるべくそうならないように気を配っています。だから、国際交流パーティーには署名を求める気はありませんでした。なぜなら、もしかして、東電や東電関係者、原発推進派の人がいるかもしれない。仕事を忘れて楽しくパーティーに参加したいと思っている人がいたら、そのムードに水を差してしまいます。だからそういった場では極力「政治」を持ち込まないようにしています。

でもよくよく考えてみれば署名を集めることぐらいでそんなに気を回さなくてもいいのではと、考えを改めるようになりました。署名が嫌ならしなければいい、ただそれだけという気がします。もし原発を推進したければ、そういう人は原発を推進する署名を集めればいい、そんな風に思いました。日本は曲がりなりにもデモクラシーを標榜する国です。当然、表現の自由は認められています。3・11以降だからこそ、こういった意見、考えを公共に出して、みんなで考えてもらう機会を増やしていくべきではと思いました。そこから対話の場を作り出していくのが、デモクラシーだと思います。逆に何も言うな、署名なんかするな、という社会の方がぞっとします。それがやりにくいという雰囲気があるとしても怖いです。

署名行動を提起した彼女の行動と勇気を尊敬します。やはり運動というのは、こういったところから始まるのだと、改めて気付かされました。

普段、市民政治だの、市民の参画だの、そんなことばかりを私は言っていますが、それを自分自身実践できていないということを痛感しました。原水禁運動の原点は杉並の女性から始めったというのもうなずけます。女性はイザとなったら強いですね。(文章;有田)

英語版の署名で集めていました。意外と関心がある人が多く、驚きました。一応、日本在住の外国人の署名は有効と確認してあります。

新潟水俣病現地調査で署名

新潟水俣病現地調査が10月2日行われ、65人が参加。今年は熊本から多くの参加があったほか、福島の平和フォーラム、新潟に避難されている福島第1原発被害者の会の会長が参加しました。


公害の原点といえる水俣病の教訓を活かすため、福島の人たちと交流をしましたが、大変有意義なものでした。熊本からの報告では、患者団体どうしが分断され、それをチッソ、国にうまく利用された。今後福島で、似たような状況がつくられるのでは。今後の裁判に備え、データはできる限り集めた方がよい等々、活発に意見が出されました。

会場に署名用紙を回し、たくさんの方から署名を頂きました。

 

さようなら原発5万人集会

9月19日に明治公園で行われたさようなら原発集会に新潟から約180名がバス4台に分乗して参加しました。


バスの定員が満杯となり、お断りした人が20人近くいました。自力で駆けつけた人や市民参加を合わせると200人以上になります。予想を超える6万人が参加。新潟も目標数以上を達成できました。