2011年12月20日火曜日

全国一斉さようなら原発1000万人アクションin北信越

2月11日、全国各地でさようなら原発1000万人アクション集会を開催します。新潟、富山、長野、石川、福井の北信越5県で、下記の日程で行います。雪が心配ですが、500名の参加を目指しています。集会には署名の呼びかけ人か賛同人から来てもらいます。詳細が決まり次第アップします。

呼びかけ人のあいさつは鎌田慧さんに決定しました!
チラシ↓
http://www8.ocn.ne.jp/~heiwa/120211sayounara.pdf
日 時 2012年2月11日(土・休)14:00~16:00
会 場 ユートピアくびき「希望館」 上越市頚城区百間町716番地025-530-2360
内 容 呼びかけ人・賛同人あいさつ、福島&避難者から現状報告、各県代表から取組状況と決  意表明、アピール

2011年12月16日金曜日

防災計画に関して県に申し入れ

12月16日、県の原子力安全対策課に原子力防災計画の見直し素案についての申し入れを行いました。県の計画は、原子力ムラで構成される安全委員会で作成された計画をもとにつくられようとしています。ムラの関係者だけでつくられた国の計画など到底信じることはできません。即時避難区域を5キロにしていることは、福島の事例をどう考えているのでしょうか。少なくとも即時避難区域は50キロにすべきと要請しました。

県の姿勢は、「福島の検証が終わるまでは」ということは評価できますが、防災計画については後退の姿勢が見られます。県に意見のある方は、県が意見を募集していますので、ぜひ送ってください。 http://www.pref.niigata.lg.jp/genshiryoku/1322514116090.html




2011.12.16
新潟県知事
柏崎原発反対地元三団体 
原発からいのちとふるさとを守る県民の会
共同代表 和田 光弘℡025-281-8100

原子力防災計画見直素案に対する申し入れ

新潟県は、11月30日、柏崎刈羽原子力発電所の過酷事故時における対策の考え方(事務局素案)を発表し、意見を公募している。私たちは、改訂される原子力防災計画は福島原発事故の現実を踏まえ、福島事故のような事態に有効に機能するものでなければ無意味であると考える。
提示された事務局素案は、
①即時避難区域(PAZ:Precautionary Action Zone予防的防護措置準備区域)半径5 km圏
②避難準備区域(UPZ:Urgent Protective action Zone緊急時防護措置準備区域)半径5 ~ 30km圏
③屋内退避計画地域(PPA:Plume Protection Planning Areaプルーム防護措置実施地域)半径30~50km圏
④ 放射線量監視地域 県内全域とするものである。こうした区域設定は福島原発事故の現実を踏まえたものではない。

①  は、居住不能となった、計画的避難区域や特定避難勧奨地点の範囲 少なくとも50kmが必要である。
②  は、少なくともチェルノブイリの居住不能となった線量に相当する地域とすべきでないのか。賠償対象となった地域とすべきでないのか。それは100km以上となる。
③  は、年間1mSvの被ばく線量となる範囲とすべきでないのか。この範囲は東北から関東一帯となる。
④  は、放射能が降り注ぎ、水道水や農作物の摂取制限が課された区域とすべきでないのか。この範囲は東日本一帯となる。

 福島の現実を直視すれば、原子力と共存できないことを示していると考える。新潟県は原子力発電の廃炉を前提に原子力防災計画を策定すべきである。原発が停止しても使用済み核燃料が存在する限り原子力施設の防災計画が必要である。事務局素案は、原子力安全委員会の原子力施設等防災専門部会防災指針検討ワーキンググループ(作業部会)が示した案を根拠にしているようである。この作業部会の委員は、原子力ムラ関係者だけで構成されている。そして福島の現実を検証することなく、原発の存在・運転を前提にして、外国の文献を検討しただけのもので机上の空論であるといわざるを得ない。よって、新潟県として原子力安全委員会に福島の現実を踏まえた原子力防災計画策定を申し入れることを求める。

                    記
1. 新潟県は福島原発事故を踏まえた原子力防災計画を策定すること
2. 新潟県は原子力安全委員会に、福島の現実を踏まえた原子力防災計画を策定するよう申し入れること

2011年12月5日月曜日

12月3日、もんじゅを廃炉へ全国集会に参加しました。新潟から23名プラス3名が参加しました。全国から1200名を超す人たちが結集しました。去年より集まったと思います。もんじゅは新潟市から500キロ、日帰りは少ししんどいですね。http://www8.ocn.ne.jp/~heiwa/g-111203monju.html ←ホームページ





 同日、敦賀市内で講演会とデモ行進を行いました。まずはじめに佐藤栄佐久さん(福島県前知事)が講演しました。

 福島みずほさんとともに、米国の外交専門誌フォーリン・ポリシーが選ぶ今年の「世界の100人」に海渡雄一弁護士が選ばれました。ちなみに福島みずほさんは日本の政治家初の受賞者だそうです。

         最後は元京大原子炉実験所講師の小林圭二さんの講演。

           講演会が終了後、敦賀市内をデモ行進。

『東京新聞』12月4日付けから 
 福島第一原発事故を受け、細野豪志原発事故担当相が、核燃料サイクルの核を成す高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の廃炉を検討する考えを明言する中、廃炉を求める全国集会が三日、地元で行われた。 (中崎裕)
 もんじゅに近い敦賀半島の白木海岸。全国から集まった千三百人が「もんじゅ運転再開はんたーい」と声を張り上げた。
 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)や原子力資料情報室などが主催する集会は、ナトリウム漏れ事故が起きた十六年前の十二月八日に合わせ、毎年開かれている。
 今年の参加者は例年の五割増し。関係者は「個人参加が目立つ」と話す。
 愛知県扶桑町から参加した女性(36)は「福島の事故まで、原発のことは全然知らなかった。知れば知るほど怖くなり、止めなきゃと思った」と話す。
 もんじゅは核分裂でプルトニウムを増殖させやすくするため、冷却材に水の代わりに液体ナトリウムを使う。空気や水に触れると激しい発火や爆発を起こす恐れがあり、地震に弱いとされる。
 集会で講演した小林圭二・元京都大原子炉実験所講師は「原発よりはるかに危険で経済的にも成立しない。実用化のめども立たない」と語った。
 高速増殖炉計画は構想から既に半世紀余。もんじゅには一兆円を投じた上、トラブル続出でほとんど動かなくても年間二百億円以上の維持費がかかる。批判も受け、細野担当相は来夏をめどに、存廃を決断する考えだ。
 集会に先立ち、主催者らは、再稼働を認めないよう、もんじゅ周辺の自治体を回った。だが、敦賀市の河瀬一治市長は「運転再開を目指し、しっかりと研究成果を出す選択肢しか私は持っていない」と断言。財政面でも雇用面でも、原発に依存し、共存している。
 半径二十キロ圏にほぼ全域がおさまる南越前町の川野順万町長は「みな不安。でも私が賛成か反対を表明すると、利害関係がありすぎて地元はおかしくなる」と話す。
 原水禁の藤本泰成事務局長(56)は「地元が危機感を持っているのは確か。言いにくい気持ちは理解するが、廃炉に向けて、地元から声を上げてほしい」と期待した。
 <高速増殖炉計画> 通常の原発などから出た使用済み燃料からプルトニウムとウランを取り出し、混合酸化物燃料(MOX燃料)にして使用する。運転しながら、消費した以上の燃料を生成できるため、かつては「夢の原子炉」とも言われた。相次ぐトラブルや情報隠しで当初1980年代を目標とした実用化のめどは立っていない。フランスなど各国は技術面やコスト面から既に開発から撤退している。

2011年12月2日金曜日

飯田哲也さん講演会

県に原発申し入れ

11月30日、県の原子力安全対策課に申し入れを行いました。内容は、原発の安全性に関する県技術委員会・小委員会のあり方、ストレステストに対する評価、安全協定の見直し問題です。県の技術委員会、小委員会は、「原子力村」の人間だけではなく、原発に対して慎重な学者が入っており、全国でも画期的なことです。これを原子力資料情報室の共同代表の山口幸夫さんは「新潟方式」と呼んできました。地震小委では、「原発震災」を提起した神戸大の石橋克彦さんも入っています。しかし、この間、親委員である技術委員会が、小委での議論をにぎりつぶしてきました。そろそろ「新潟方式」も限界を迎えているというのが私たちの認識です。なので、県の委員会に市民側の代表を入れてほしいと要請をしました。

3・11以降、「御用学者」は本当に反省をしたのでしょうか。これはしっかりと検証していかなければなりません。特に県の委員には、島根原発、志賀原発の活断層を過小評価した衣笠善博さんがいます。御用学者が自分たちの利益のために活断層の過小評価をしていたのであれば、本当に犯罪行為だと思います。多くの住民の命を危険にさらしているわけです。これは本当に検証しなければなりません。

2011年11月30日
新潟県知事 泉田裕彦 様  
                        原発からいのちとふるさとを守る県民の会
                        共同代表 和田 光弘
                        連絡先(事務局)新潟市中央区新光町6-2
                        ℡ 025-281-8100 FAX 025-281-8101

            柏崎刈羽原発への当面対応について(申入れ)

 柏崎刈羽原発に対する県民の安心、安全を図るためご尽力されていることに敬意を表します。
さて、福島原発事故から8カ月を超えた今日、政府・東電は「原子炉圧力容器底部の温度が100℃を下回り安定的に冷温停止に向かっている」とか、除染する事もなく「緊急時避難準備区域」を解除するなど事故の本質を風化させるべく汲々としています。
 しかし、放射能を垂れ流し続け、防御すべき術を失った状態にあり、原子力委員会が策定した工程表でも廃炉完了まで、30数年かかるとされています。経済最優先で原子力政策を推進し、「安全神話」を振り播いてきた電力・歴代政府などは、このことを真摯に反省し、事態収束と脱原発への道のりを明確にしなければなりません。
 そしてこの間、福島県下の出産数の激減や福島原発事故に由来する県内・魚沼地方の2~3万Bq/㎏(最高値5万:十日町総合高校)の放射能を含んだ汚泥が存在し、柏崎刈羽原発周辺での観測値4.8Bq/㎏(2010年観測)の60倍を超える296Bq/㎏(粟ケ岳登山道:腐葉土)もの放射性セシウムが観測されています。このことからも原発の存続が既定のもとする考えの放棄が求められています。
 以上のことを踏まえれば、柏崎刈羽に世界最大でしかも中越沖地震で「傷だらけ」になった原発を抱えた新潟県民の安心安全の確保は絶対不可欠なことです。下記事項を申入れます。
                  記
1.県技術委員会・小委員会の改組・再編に関して。
 ①技術委員会・小委員会に被害を受ける県民・住民を委員として参加をさせること
 ②運営を透明化するため事務局にも県民・住民を参加させること
 ③原子力政策に対して肯定・批判などの意見を持つ委員の構成バランスを図ること
2.福島原発事故原因を究明するため、技術委員会・2小委員会の合同での審査を行うこと。
3.再稼働を認めた1・5・6・7号機について福島の事故を教訓として、基準地震動や設備健全性、耐震安全性の再評価を行うこと。
4.定期検査・ストレステスト後の再稼働についての県の現状認識と自然現象(地震・津波)・安全機能の喪失(全交流電源喪失)に限定したストレステストへの評価を明らかにすること。
5.原子力安全委員会が示している「原発災害対策見直し案」と「県の構想」の関連及び今後の行程表を明らかにすること。また、周辺自治体からでている東電との「安全協定」見直し問題についての県の考えを明らかにすること。
                                                      以上

2011年11月16日水曜日

核燃料輸送抗議行動今年第2弾

11月16日、柏崎刈羽原発発電所ゲート前で、核燃料輸送抗議行動を行いました。来年定期点検に入る6号機の交換用燃料ですが、またまた、再開を見越しての核燃料搬入になります。約100名が全県から結集しました。原発反対地元3団体の矢代代表委員、県平和センターの渡辺議長、原水禁の笠原理事長、小山県議、刈羽命を守る女性の会の高桑さんがあいさつしました。現地報告で地元3団体の武本さんは「東電は日本海側で津波があったかを調べるために新潟の海岸をボーリング調査している。調べるのはいいことだが、本来であれば、調査結果を待って運転するべきだ。論理矛盾している」と厳しく追及しました。



連帯のあいさつで県平和センターの渡辺議長は「新潟の署名はまだ目標の20%しか集まってない。3月が最終締め切りだが、1月2月に雪が降ると足がとまる。勝負は11月12月にかかっている。このままだと目標が達成できない。運動をもっと広げていこう」と檄を飛ばしました。






2011年11月7日月曜日

TPP交渉参加反対JA新潟県集会にてチラシまき

11月2日、新潟県民会館で開催されたTPP交渉参加反対JA新潟県集会に、県平和センターは10名ほど参加して、集会前に会場前で原発1000万人アクションのチラシを配布しました。

チラシはほとんどの人が受けとってくれました。800枚のチラシを持っていったのですが、ほぼなくなりました。こんなにチラシの受け取りがいいのは、初めての経験です。

2011年11月2日水曜日

平和センター青年部街頭署名

 
 平和センター青年部は、10月29日の午前中に原発学習会を開催し、午後から古町十字路にて街頭署名を行いました。1時間ばかりでしたが、約90筆を集めることができました。

2011年10月24日月曜日

10・21国際反戦デー&脱原発1000万アクション

 今から45年前、ベトナムの北爆に反対をして10・21国際反戦デーが始まりました。新潟でも毎年10月21日にデモ行進を行っています。今年は3・11を受け、国際反戦デーと脱原発をあわせて集会を開催しました。


連帯のあいさつに福島第1原発被害者の会の方があいさつをしてくれました。そのほか、原発反対地元3団体の高橋市議、新潟YWCAの横山さん、日本YWCAの西原さんが連帯のあいさつをしてくれました。

当日は、300名近い人たちが参加しました。県平和センターの主催で新潟市のデモは久しぶりな気がします。

10月19日脱原発1000万アクション新潟市民の会結成

10月19日、脱原発1000万アクション新潟市民の会の結成総会が開催され、約120名が参加しました。

           
 新潟市民の会の代表は、新潟地区労会議の議長でもある山田寿さんが就任しました。当日呼びかけ団体は、I女性会議、緑・にいがた、新社会党、社民党新潟支部、新潟YWCA、脱原発を考える新潟市民フォーラムが参加しました。そのほか、新潟市原水禁が呼びかけ団体に入っています。

新潟国際情報大学の佐々木寛さんから「原発と民主主義」という演題で講演をしてもらいました。佐々木さんは原発を取り巻く構造そのものが非民主的であると強調しました。

2011年10月17日月曜日

核燃輸送抗議行動

10月17日、核燃料輸送抗議行動を刈羽村で行いました。来年1月に定期点検に入ろうとする5号機用の核燃料輸送だそうです。国のずさんな「ストレステスト」すら終了していないにも関わらず、すでに動かすことを前提として核燃料を輸送する行為に、現地は大変な怒りでした。

最近は原発のゲート前での抗議でしたが、今回は久しぶりにデモ行進をしました。月曜の朝10時でしたが、約150名が参加しました。20数年にも及ぶ核燃輸送抗議行動は、今では全国的に珍しいと聞いています。柏崎刈羽現地の長年の運動に敬意を表します。今回はドイツからテレビの取材が来ました。中越沖地震でも海外メディアが殺到したので、海外、特にヨーロッパの関心の高さがうかがえます。





10月16日ミレフェスティバルで脱原発署名

10月16日、日朝友好文化の集い「ミレフェスティバル」(ミレはハングルで未来)が朝鮮学校で開催され、署名活動をさせていただきました。現在新潟の朝鮮学校に福島の子ども15名、先生9名が「疎開」しています。私たちは、原発だけでなく、人権という幅の広い観点から運動をしているのですが、原発事故によりそれが一つの線上としてはっきり浮かびあがりました。

今回、さようなら原発1000万風船を初めて使いました。風船は子どもたちが大喜びしてくれたので良かったのですが、署名を1筆あたりとるコストが・・・はっきり言ってティッシュの方が安いかもしれません。でも、フェスティバルで脱原発1000万アクションが風船を通じて広がってくれたことを考えれば、宣伝費としてこんなもんかなと自分で自分を納得させています。ちなみに署名は85筆集まりました。

2011年10月12日水曜日

糸魚川で第3回街頭署名

県内各地で街頭署名が続いています。学習会、戸別訪問も残在進行形で計画が進んでいます。


10月1日にも「さようなら原発いといがわ市民の会」として3回目の街頭署名を行いました。新メンバーを迎えつつ、今月末から月1以上の学習会を通じた呼びかけに切り替えるとともに、目標達成に向けて署名の一次集約を進めています。

2011年10月3日月曜日

ちょっといい話

先日、新潟市のある国際交流パーティに参加をしました。50名くらいが参加をしたでしょうか、大変大盛況でした。普通ならパティーが楽しかった、それで終了なのですが、そこに20代のある女性が原発1000万署名を求めました。正直びっくりしました。本来であれば、事務局の私がそれをやらなければならないのですが。それとは関係なく運動をしている人がいたので驚きました。詳しいお話をそんなに聞けなかったのですが、ネットで署名を知ったそうです。英語版の署名も持っており、新潟在住の外国人からも署名を集めていました。

私は家族親戚はもちろん、友人、知人に基本的に署名をお願いするのですが、その時は結構気を使ってやります。ときに嫌な顔をされたり、強制と感じる人がいるので、なるべくそうならないように気を配っています。だから、国際交流パーティーには署名を求める気はありませんでした。なぜなら、もしかして、東電や東電関係者、原発推進派の人がいるかもしれない。仕事を忘れて楽しくパーティーに参加したいと思っている人がいたら、そのムードに水を差してしまいます。だからそういった場では極力「政治」を持ち込まないようにしています。

でもよくよく考えてみれば署名を集めることぐらいでそんなに気を回さなくてもいいのではと、考えを改めるようになりました。署名が嫌ならしなければいい、ただそれだけという気がします。もし原発を推進したければ、そういう人は原発を推進する署名を集めればいい、そんな風に思いました。日本は曲がりなりにもデモクラシーを標榜する国です。当然、表現の自由は認められています。3・11以降だからこそ、こういった意見、考えを公共に出して、みんなで考えてもらう機会を増やしていくべきではと思いました。そこから対話の場を作り出していくのが、デモクラシーだと思います。逆に何も言うな、署名なんかするな、という社会の方がぞっとします。それがやりにくいという雰囲気があるとしても怖いです。

署名行動を提起した彼女の行動と勇気を尊敬します。やはり運動というのは、こういったところから始まるのだと、改めて気付かされました。

普段、市民政治だの、市民の参画だの、そんなことばかりを私は言っていますが、それを自分自身実践できていないということを痛感しました。原水禁運動の原点は杉並の女性から始めったというのもうなずけます。女性はイザとなったら強いですね。(文章;有田)

英語版の署名で集めていました。意外と関心がある人が多く、驚きました。一応、日本在住の外国人の署名は有効と確認してあります。

新潟水俣病現地調査で署名

新潟水俣病現地調査が10月2日行われ、65人が参加。今年は熊本から多くの参加があったほか、福島の平和フォーラム、新潟に避難されている福島第1原発被害者の会の会長が参加しました。


公害の原点といえる水俣病の教訓を活かすため、福島の人たちと交流をしましたが、大変有意義なものでした。熊本からの報告では、患者団体どうしが分断され、それをチッソ、国にうまく利用された。今後福島で、似たような状況がつくられるのでは。今後の裁判に備え、データはできる限り集めた方がよい等々、活発に意見が出されました。

会場に署名用紙を回し、たくさんの方から署名を頂きました。

 

さようなら原発5万人集会

9月19日に明治公園で行われたさようなら原発集会に新潟から約180名がバス4台に分乗して参加しました。


バスの定員が満杯となり、お断りした人が20人近くいました。自力で駆けつけた人や市民参加を合わせると200人以上になります。予想を超える6万人が参加。新潟も目標数以上を達成できました。

2011年9月16日金曜日

新潟初のサウンドデモ

9月11日、新潟で反原発デモが行われ、脱原発1000万人アクションのアピールを集会で行いました。当日は、福島から避難された方や市民団体、労働団体をあわせ、約250名が参加しました。また、新潟初のサウンドデモを行いました。

いつになく沿道から注目を集めました。サウンドデモがついに新潟でも行わる、それも新しく参加した人が多数いました。いろいろな人たちが反原発・・・表現は脱原発、卒原発などありますが・・・の行動に参加しています。





柏崎にて広瀬隆さん講演会

9月9日、柏崎市にて脱原発1000万人アクション柏崎・刈羽実行委員会結成記念講演が行われ、ノンフィクション作家の広瀬隆さんが講演しました。

              脱原発1000万人署名を会場にておこなう


広瀬隆さんから新潟への一言メッセージをいただきました。3時間にわたる講演の後に録画したので、本当に一言です。お疲れのところ本当にありがとうございました。講演では、広瀬さんの熱い気持がよく伝わりました。広瀬さんは2007年の中越沖地震を「予行演習」と例え、最後の警告だったと言いました。残念ながら国、東電は、この最後の警告を無視した結果、福島第1の事故を起こしました。最後の警告だった柏崎刈羽原発だからこそ、真っ先に停めなければなりません。

2011年9月8日木曜日

柏崎刈羽原発科学者の会・技術者の会対話集会

柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会は新潟で合宿をおこない、9月5日、「市民との対話集会」を開催しました。ネット中継→ http://www.ustream.tv/channel/niigatabifriday


元原子炉圧力容器設計技師の田中三彦さん。田中さんは、東電が発表する福島第1原発1号機のメルトダウンのシミュレーションについて疑問を呈しました。田中さんのシミュレーションでは、地震の揺れにより原子炉の配管が損傷した可能性が高いとしましたが、東電は地震により損傷はなかったと想定しています。地震の揺れで配管が損傷したなら安全基準を見直さなければならないので、何が何でも地震の影響はなかったと東電はしたいのではないでしょうか。現在、大手メディアで流布されているメルトダウンのシミュレーションは気をつけて見なければなりません。

科学者・技術者の会の代表である東大名誉教授で金属が専門の井野博満さん。

 「原発震災」という言葉を提唱した、神戸大学名誉教授の石橋克彦さん。石橋さんは、柏崎沖にM7.5を引き起こす活断層があると指摘していますが、東電、国は、M7と評価して、柏崎刈羽原発の耐震補強をしています。もし、M7.5の地震が起きれば、それは「想定外」の地震となるのでしょう。

新潟市議の中山均さん提供のレントゲン写真。黄色の枠線に白い小さな点が見えます。これは放射能の影響によりできたシミです。堅牢な建物の中にある放射線管理区域に放射能が入るとは考えにくいそうです。恐らく人間の体に付着したものが、入り込んだのではと推測していました。ちなみに中越地方から送られてきた写真だそうです。新潟にも放射性物質が飛来したことを目に見える形で提示しました。

柏崎刈羽実行委員会設立総会

原発さようなら1000万人署名に向け、各地で取り組みがなされています。新潟県内では、柏崎刈羽地域が実行委員会を立ち上げました。

実行委員会設立に向けて、85日に準備会を開催し、賛同人・団体を募り、91日、4団体・28人の賛同人をもって設立総会を開催しました。



今後の活動としては、賛同人・団体の拡大、賛同人による地域署名、街頭署名、地域集会の開催などに取り組む、実行委員会発足記念講演会として、9918時より、柏崎産業文化会館にて広瀬隆さんの講演会を開催します。

役員として、代表に桑山史子さん(プリサーマルを考える柏崎刈羽市民ネット)、幹事に近藤ゆき子さん(刈羽いのちを守る女性の会)、長世憲知さん(原発反対刈羽村を守る会)、浅賀千穂さん(市民ネット)、佐藤保夫さん(柏崎刈羽原発反対地元三団体)、中村政道さん(柏崎地区労)、事務局に高橋新一さん(三団体)、矢部忠夫さん(三団体)を選出しました。

2011年8月30日火曜日

8月25日田中優さん講演会

8月25日、田中優さんの講演会が新潟ユニゾンプラザで開催され、脱原発1000万署名を入口でさせてもらいました。

         短時間でしたが、170筆の署名を集めることができました。

田中優さんの講演は大変わかりやすかったです。地熱発電は日本が最先端に進んでいるにも関わらず、ほとんど利用されていないこと。地熱発電だけで日本の電力の3割がまかなえること。原発のコストは自然エネルギーで一番コストのかかる太陽光発電より高いこと。ダムをつくらない小規模水力発電の可能性。生態系に影響を及ぼさない風力発電、洋上風力発電の開発が進んでいること。さらに波力発電なるものが日本で発明され、実験段階に入っていることなどが報告されました。日本は豊かな自然エネルギーに恵まれていると強調していました。

8月15日に署名行動

8月15日、例年開催している戦争犠牲者を追悼する街宣行動に加え、脱原発1000万署名を行いました。

1時間ばかりの署名でしたが、177筆の署名を集めることができました。今回の行動はメディアにも多数取り上げていただきました。

 8月16日『毎日新聞新潟版』

8月16日『新潟日報』


2011年8月2日火曜日

原水禁世界大会・福島大会

7月31日、被爆66周年原水爆禁止世界大会・福島大会を福島駅前で開催しました。例年、原水禁大会は、広島、長崎のみですが、今回は福島を皮切りに、最後は沖縄で終了となります。大会は800名規模の予定でしたが、予想を上回る1700名が参加しました。ビキニ事件の大石又七さん、ノンフィクション作家の鎌田慧さんも駆けつけてくれました。 7月31日の新聞記事  PDF



               1700名が福島市内をデモ行進

                 新潟から8名が参加

        双葉地方原発反対同盟の石丸小四郎さん。現在、秋田に避難

           1000万署名の呼びかけ人の一人である鎌田慧さん

               ビキニ事件で被爆した大石又七さん